仏像(重要文化財)撮影記録

2025年版「奈良仏像カレンダー」の撮影が順調に進められている。
(主催:奈良県ビジターズビューロー

2024.06.20
奈良県生駒郡斑鳩町【勝林寺】

現在は廃寺。由緒は不詳であるが、当寺は安堵町西安堵にあった廃高安寺の名跡を継ぐ。
境外の廃大日堂(現天満神社境内地)にあった旧高安寺の仏像のうち、木造十一面観音立像・木造聖観音立像・木造薬師如来坐像は、いずれも重要文化財(奈良国立博物館寄託)。

十一面観音菩薩立像(重文)平安時代 木造 167.0cm
細身で引き締まった胴のくびれから下半身への流れが美しい。長い条帛(じょうはく)と天衣(てんね)の膝上のカーブはかなり技巧的に処理され、複雑な裳(も)の衣文線のアクセントとなっている。


Ⓒ Nara National Museum


Ⓒ Nara National Museum





↑撮影時の様子:写真家 若松保広 氏、撮影助手 沼田理一郎 氏(飛鳥園
 撮影場所:奈良国立博物館 なら仏像館

2024.06.19
奈良県山辺郡山添村【西方寺】

西方寺は847年開創と伝えられているが詳細は不詳で、861年には、清和天皇の病気快癒祈願が叶い七堂伽藍が建立されたとも伝えられている。
現在は廃寺同然の状態であるが、阿弥陀如来立像は収蔵庫に納められ、広瀬集落の有志によって祀られている。

阿弥陀如来立像(重文)鎌倉時代 木造、金泥塗、截金 像高98.5cm
足枘(あしほぞ)に「巧匠(アン)阿弥陀仏」の墨書があり、無位時代の快慶の作とわかる。
明快な表情や衣文の表現、体軀の肉取りなどに、若々しい感覚が充溢する。袈裟を左肩から紐で吊り、末端を左腕に懸ける表現は、快慶の三尺如来立像では本像のみ。
西方寺が伊賀市九品寺(くぽんじ)の末寺であったことから、九品寺から移座されたのではと推定されている。


Ⓒ Saihoji Temple

Ⓒ Saihoji Temple

↑撮影時の様子:写真家 若松保広 氏(飛鳥園

2024.06.17
奈良市雑司町【東大寺 三昧堂(四月堂)

かつて旧暦の4月に法華経に由来する法華三昧会が行なわれたことから、四月堂の通称がある。古くは普賢堂、普賢三昧堂とも呼ばれた。
治安元年(1021)に創建されたとの記録が残る。現在の建物は方三間の二重寄棟造であり、江戸中期(1681)の建立。

十一面観音菩薩立像(重文)平安時代 木造、漆箔、彩色 像高175.2cm
かつては「桃尾山寺(現在廃寺)」の本尊として祀られていた仏像で、明治2年(1869)に東大寺二月堂に移された。
その後、収蔵庫に移されていたが、平成25年(2013)に四月堂の本尊として迎えられた。
なで肩で穏やかな顔つきは、平安時代後期の仏像の特徴をよく現している。


Ⓒ Todaiji Temple

Ⓒ Todaiji Temple

2024.06.14
奈良県葛城市【高雄寺】

高雄寺は寺伝によると、7世紀後半に役行者によって開かれたと伝えられ、後鳥羽天皇・後白河天皇の勅願寺とされる。最盛期は「高雄千軒」と呼ばれるほどの繁栄を見せたというが、大火により堂宇は失われ、現在は礎石が残るのみ。

観音菩薩立像(重文)平安時代 木造、彩色 像高101.0cm
元は十一面観音像として造立された楠の一本彫の立像。手・足先・天衣など一部に後補もみられるが、衣紋の翻波式も鋭く平安初期の作とみられている。
小像ながら大らかでゆったりとした印象の名品。


Ⓒ Takaoji Temple

Ⓒ Takaoji Temple

↑撮影時の様子:写真家 若松保広 氏(飛鳥園

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